2.花の名前
盆暮れでもないのに世間様が民族大移動を催す
初夏の1週間、GWがやってきた。
とはいえ、我らが武装探偵社には残念ながらあんまり関係がない。
強いて言えば、交通機関がこぞって休暇混雑仕様になるので、
車で急ぐ緊急案件への対処にはそれを織り込まねばならないということくらい。
高速道路は行楽地へ向かう一般車両で渋滞し、
中距離快速電車も 始発から乗車率が2倍近いとニュースが告げる。
海外へ脱出する豪気なご一家も近年増加中で、
気の早い海水浴や もっと気の早いスキーをしに行くのだと、
小さな子供が怪しい語彙ながら一丁前に語っている映像が、
昼時の定食屋のテレビにて映し出されていたりする。
そういった世間様の華やいだ浮かれようにさっぱり縁のない探偵社は、
いつ何時 緊急事態が勃発しても対応できるよう…という用心のための、
24時間営業、もとい、24時間警戒中の一環として平生となんら変わらぬ態勢でおり。
とはいえ、だからといってそうそう何か起きるというものでもなく、
もしかして観光客より脱出組が多くて人口が減ったヨコハマなのか、連休序盤は何とも穏やか。
月が替わってすぐの労働者の日も 特段何事も起きぬままで、
交代で半数ずつの出勤となっている調査員の面々が “待機”という平穏を堪能中。
爽やかな風に街路樹が揺れる様や、若葉に弾ける透過光へ眩しげに目を向け、
こんな静けさを堪能できるのもこういう時期ならではだねぇと、
風通しのいい窓辺で腰掛けていた太宰が、ふと視線を室内へ向ければ、
「えっとぉ、うっとぉ〜〜。」
後輩にして現在進行形で教育対象の部下でもある白虎の少年が、
自身の白髪頭を両手で両側から抱えるようにして、何やら唸っているのが望める。
「どうしたのだい、敦くん。
ぎゅうと顰めすぎて眉と眼とが罰点になってるよ?」
「太宰さん、あのそれが、いやまあ大したことではないんですが。」
「それにしちゃあ悲壮なお顔だけれども。」
もしかせずとも仕事上のことではないらしく、
よって助言をもらうのはちょっと忍びないのか、言葉を濁す彼なれど。
相変わらずに誤魔化すのがお下手で、
ぱかりと蓋が開いているお仕事用の電子端末を前に困っている辺り、
ははぁんと半分くらいは既に察しもついている太宰が、
その框に腰かけていた窓枠へ、長さを持て余すよに添わせていた長い御々脚ひょいと下ろして、
どらどらと傍までわざわざその身を運んでやれば、
「植物とか虫とか鳥とか、検索するのってどうすればいんでしょうか。」
うううと面目なさそうに肩をすぼめる敦くん。
携帯で写真を取っとけばよかったのだが、
備品のお買い物の途中だったのでそれはないかなぁと急ぐ方を優先した。
そのお陰様、えっと何て名前だったっけと電子網検索に頼ろうとしたものの、
見たままを言葉表現へ変換するのがなかなかうまくいかない模様で、
何をどう入力して歩み寄ればいいのかが判らないと、文字通り手が付けられなくて困っていたらしい。
皆さんもスペルが判らないから開いた英語の辞書に、
さてどうやって調べりゃいいの?と困ったご経験はないだろうか。
こういう時の機転が利く人なら何てことはない事態だろうが、
応用力がまだまだちょっとばかり足りないか、
白の少年、文字通り頭を抱えていたようで。
「さっき外回りの途中で見てきた花の名前がどうしても出て来なくて。
中也さんに教わったのにえっとえっと。」
「おやおやそれは。」
こうまで困り果てているのは、ただ思い出せないってことへだけじゃあなく、
“あれに教わったのに…が重大なのだな。”
大好きな兄人からせっかく頂いた知識なのに
もっと幼い子供よろしく 呆気なくもふいにするなんてと、
なんて情けないことか これではいかんとばかりに困っている子虎の少年。
そういう時はね、思いつくタグを片っ端から入力してみるんだよと、
やさしいお顔をにっこりとほころばせた頼もしい先輩さんだったが、
たぐ?
ああ。例えば何色の花だったとか、
木の梢に咲いていたか、それとも茎の先についてた花だったかとか、
そういう特徴を思いつくまま挙げてごらん?
「確かえっと、
ダリアじゃなくてトルコキキョウでもヒアシンスでもガーベラでもなくて。」
「ふむ。」
「こんな可愛いのに球根は芋みてぇなんだぜって笑った中也さんのお顔が、
カッコつけてなかったのに 何か男らしくて惚れ惚れしちゃって。」
「おや。」
「帽子もオニュウだったし、そうそう手套が手のひらギリギリのをしてらして、
あれってちょっとせくしいだなぁって見惚れちゃって。
どした?って訊かれて何でもありませんて慌てちゃったんですよねvv」
えへへぇと嬉しそうに惚気る少年へ、
太宰さんには 成程なぁと、
何でまた花の名前が出て来ないかのほうにも思考が至ったようで。
「……敦くん、それって、
余計な情報が入りすぎて肝心なところが押し出されちゃったんじゃあ?」
一等最初の肝心な花の名前が、あとから入ってきた他の情報にところてんみたいに突き出され、
行方不明になっちゃったんだよと、コトの原因を告げてやったのだけれども、
「余計って何ですか。
大事なことですよ、肝心なところですよ? 中也さんがカッコいいってことはぁ。」
いくら太宰さんでもそれって失敬じゃありませんか?と、
いかにも不服そうに柔らかな頬を膨らませる敦くんであり、
“そうかぁ、なんか覚えがある物言いだと思ったら、
芥川くんに付いてるあのお嬢さんと似ているんだ、これ。”
少年のお見事な脱線っぷりの方へ関心が向いた太宰さん。
其方もそちらで、三段跳びにて別なゴールに辿り着いており、
これもまた頭の回転の速さゆえの先回りというものか。
……これで会話になってる辺り、頭のいい人ってすごいなぁ。(ちょっと待て)
◇◇
完全な私事ですが、
用事を二つ三つまとめて抱えて行って、
着いた先で “あれ?何か忘れてないか?”ってのが増えました。
一番最初に これをと抱えたのを結果として忘れてんじゃあないかと思いはするんですが、
ついつい一緒くたにして持ってく癖はなかなか直せません。寄る年波って恐ろしい。
「聞いてください中也さん。」
今日のところはこのまま暇なだけだろうと国木田さんが判断し、
定時よりやや早くに上がって良しとなったので。
お電話かけて、そちらさんもあんまり連休には関係ないお人ながら
任務と任務の狭間なのか、お休みではあったらしい愛しの兄人さんへ
逢えますか?とお伺いをしたところ、大歓迎だと誘われて。
まずはの待ち合わせ、小さなスタンドバータイプのカフェで落ち合ったところ、
いいお日和の一日だったがさすがに宵間近は上着も要ると。
小粋なデザインブルゾンを羽織っていた赤毛の兄様にわあと頬を赤くした虎の子くん、
そんな見惚れを誤魔化すように、そうそう聞いてくださよと、今日の話題を差し向ける。
「太宰さんたら、中也さんから教わることは半分以上は役に立たないっていうんですよ、酷い。」
おやまあ、あの後そういう方向へ話が進んでしまったらしく。
あの美丈夫さんが中也を腐すのはいつものことだが、
そこも憧れな豊かな知識を“役立たず”はなかろうと、ぷんぷんと怒って見せれば、
「そういう奴だ、あきらめろ。あいつは合理化主義な人に育てられたもんでな。」
もう慣れっこなのか、中也は肩をすくめて苦笑して見せる。
合理主義じゃあないところがポイントならしく、
「?? どう違うんですか?」
「理不尽な事ばっか言いやがるだろうが。」
屁理屈でも理屈は理屈で、器用に話をまとめやがるし、
そこへ相手の感情も上手に取り込みやがるからなぁと。
綺麗にそろえた指先も優雅に、
オーダーした珈琲を堪能しつつ ぼそりとこぼし、
「今はまま 食うなら美味しいものの方がいいと当たり前の感覚でいる奴だが、
食うことですら、栄養がとれてりゃあいいのだと、
栄養補助食品の大豆や玄米のバーとかゼリーとかばっか食ってた時期があってな。」
「うわぁ…。」
出来ないことがあっても出来る奴を押さえてりゃあいいって考え方しやがるからはた迷惑で。
ずっと昔の話だが、
やっぱりそういう食生活してやがったんでそのうち栄養失調で引っ繰り返るぞと窘めたら、
コンビニやドラッグストアがあればやってけるなんて偉そうに言いやがる。
たかが生命維持活動の一環にすぎないのに、
わざわざ凝ったものを食べるとか、満足いくように作るなんて愚の骨頂、
費やす時間がもったいないとか言いやがるんで、なんかむかっ腹が立ってなぁ。
炊いたばっかだった土鍋ご飯のご相伴させてやったら
妙に味を占めやがって、いきなり米を3合だけ持って来ては炊けとうるさくなった。
「それって…。」
一気に語られた“例えば”は、
中也の中にたくさんストックがある
太宰のずぼらとはた迷惑な逸話のほんの一部なのだろうが、
何というか…あんまり器用ではない敦にでさえ ツッコミどころが満載で。
「器用な人なのに…。」
何でも出来るし、何でも知ってる、それは頼もしいお人だから。
どうすればいいのかなんてあっさり紐解けようし、
2,3度やってみればすぐにもマスターしそうだし、
モノにしたらたらで、手際よくやっつけちゃえるんじゃあと思えるのに。
なのに中也へ頼るとは意外だと、そんなつぶやきをこぼす敦へ、
「そうなんだよな、手順さえ知ってりゃあ難しいことじゃねぇのに。」
水加減がややこしいだの、鍋についてないと焦がすだの。
どうせ一回くらいしか試しちゃあいねぇんだろうに、
俺へ炊け炊けとうるさくてな。
「あ、それじゃあ、中也さんがお料理上手なことは知ってるんですか。」
「そういうこったな。」
「うむう、なんか悔しいのは何ででしょうか。」
「さ、さあな。………なんかおっかない顔してんぞ、敦。」
「ううう。//////////」
「そんで、花の名は思い出せたのか?」
「あ、はい。カンナでした。」
to be continued. (18.04.28.〜)
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*背景にお借りしたお花は“カンナ”ではありませんので、念のため。
同時進行でふざける隙の無いお話も書いているせいか、
こちらの皆様が “当社比 随分%”はっちゃけてる気がします、すいません。
そうそう、前話の敦くんからのお誕生日のプレゼントは、
五月いっぱい生声でのリピートOKというおまけつきです。
「ただあの、人前では無しでということで…。/////////」
自然に出る鼻歌と違い、
人前で歌うのって、慣れてないとすごい恥ずかしいんですよね。
真っ赤っ赤になってカメラをちらちら見つつ歌うところが みそなのだよと、
太宰さんか、いやいや大穴でナオミちゃん辺りにアドバイスされたのかもで。
誰にヒント貰ったんだと白状させられ、(太宰さんだったらコピー持ってるかもしれないので)
ナオミちゃんなら “お礼だ”と有名パティシェのケーキをどかどか贈られてそうです、はい。

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